日本を代表する芸術のひとつ「浮世絵」。まっ先に頭に浮かぶのは「東海道五拾三次」や、上半身を描いた「美人絵」です。しかし、こうした作品から浮世絵を紐解くよりも、私達鯉師は当然鯉釣りの視点から浮世絵を鑑賞できたら、身近に、楽しく鑑賞できるのではないかと思っているところでこのコーナーに掲載する作品を見つけました。
作品についてお話する前に、浮世絵について少しウンチクを述べてみたいと思います。
浮世絵とは、元禄時代(1688-1704年)に始まった木版画で、最初は黒一色の墨摺絵、後に赤を使った紅墨摺絵となりました。元々は本の挿絵であったようです。私達がよく目にする多色摺りの版画となったのは、明和二年(1765年)に鈴木晴信が考案しました。この後に葛飾北斎、東洲斎写楽などの浮世絵の巨人が出現してきます。
浮世絵は明治30年代に、近代印刷技術に押された形で途絶えたと言われています。わずか200年余りの間に終焉を迎えた浮世絵ですが、その明快な色彩や影を描かない手法は、後のポスト印象派の画家ゴッホ(1853-1890年)に影響を与えたと言われています。
「東京名所四十八景 大川ばた百本杭」 昇斎一景
「武蔵百景之内 大川端百本くい」 小林清親
出典)「浮世絵 一竿百趣」金森直治 つり人社 p121
出典)「浮世絵 一竿百趣」金森直治 つり人社 p113
東京名所四十八景 大川ばた百本杭 昇斎一景 この作品は明治4年頃に描かれたとされています。堂々たる体格をした鯉の口からは一本の釣り糸が伸び、まさに取り込まんとしている玉網がそばにさし出されている、臨場感あふれる作品です。大川ばた百本杭とは、現在の東京都墨田区横綱一丁目の隅田川左岸で、当時は防波のために数多くの乱杭が打ち込まれていたそうです。このあたりの俗称地名として「百本杭」あるいは「千本杭」などと呼ばれており、隅田川における釣りの名所のひとつとされていました。
武蔵百景之内 大川端百本くい 小林清親 前述の一景の作品に非常に近い題材ですが、より緊張感みなぎる作品がこれです。明治18年の作品で、乱立する杭の間を玉浮きを付けた道糸が水面を切りながら走ります。ぐっと水面に向けて引き込まれる穂先、水面からわずかに覗いた尾鰭。そしておそらく目一杯伸ばしているであろう玉網。魚体を描かずしてこれほどリアルに魚を表現しているのは見事です。この百本杭の辺りは汽水域ですから、クロダイやスズキなども釣れたようですが、この絵のシチュエーションから見て良型の鯉を思い描くのは私だけでしょうか?
参考文献 1)「浮世絵 一竿百趣」 金森直治 つり人社
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