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江戸時代の代表的な読本のひとつに「雨月物語(うげつものがたり)」が挙げられます。上田秋成(うえだあきなり)が1776年に刊行した作品で、怪異小説9篇が記されています。その中に、「吉備津の釜」という作品がありますので紹介します。
昔、備中の国(現在の岡山県)の鬼の城(きのじょう)というところに、恐ろしい鬼が住んでいました。岩屋の中にこもっていて、夜出てきては村人の財産を奪ったり、女を殺したり、気に入らない者を連れて帰り、岩屋の中の大きな釜に入れて煮て食べていたそうです。村人はこの鬼を温羅(うら)と呼んで恐れていました。
この話は都に伝わり、孝霊天皇の皇子、吉備津彦命(きびつひこのみこと)がこの鬼を退治するように言われ、この地にやってきました。
吉備津彦は大勢の家来を引き連れ、吉備の中山に陣取りました。これを知った温羅は大きな岩を投げつけてきました。これに対して吉備津彦は温羅めがけて弓を放ちました。弓矢と岩が空中でぶつかり、そのまま谷底深く落ちていきました。
何度も何度も弓矢と岩がぶつかることを繰り返しているうち、どこからか白髪の老人が吉備津彦の前に現れて言いました。「一本の矢を放っても益はなかろう。二本の矢を同時に放せ。」
吉備津彦は神のお告げと考え、さっそく一度に二本の矢を放ちました。一本の矢は、温羅の投げた岩に当り、もう一本の矢は温羅の左目に突き刺さりました。温羅はたまらず岩屋の中に逃げ込み、ためていた水の栓を引き抜きました。
水はたちまちあふれて川となりました。温羅は鯉に化けると、その川に飛び込みました。川の水は温羅の傷口から流れ出る血に染まって真っ赤になりました。吉備津彦は鵜(う)に化身して鯉になった温羅を追いかけました。鯉はすばやく逃げて淵の底に身を隠そうとしましたが、鵜はするどいくちばしで激しく攻め立てました。これには温羅もついに参ってしまいました。
吉備津彦は温羅の首をはねて、さらし首にしました。しかし温羅の首は夜になると泣きわめき、その気味悪い声はあたりに響き渡ってみんなを困らせました。ある夜、吉備津彦の夢に温羅が現れて言いました。「わしの首を、吉備津の宮のかまどの下に埋めてくれ。そしてわが妻、阿曾女(あぞめ)をいつもそばにおいて、かまどの火を焚かせてくれ。そうすればよきことがあれば豊かに、災いがあれば荒らかに唸って、人間どもの吉凶を占ってやる。」 |