|
ヨーロッパには人の手によって広まったと考えられる鯉ですが、ドーバー海峡を渡って英国に伝わったのは大分年数が経ってからのようです。紀元前300年にギリシャのアリストテレスが書いた文献に鯉の記述があるのに対し、英国での最初の鯉の記述は1496年のD.J.バーナーによるものでした。文献上での比較ではありますが、1000年以上の差があることになります。
釣り人のバイブル「釣魚大全」の中では、次のように述べられています。「イギリスにおいてもっとも鯉のたくさんいる州はサセックスで、そこのプラムステッドというところに住んでいるマスカルという男が、ここに移入したという話です。」
また、ヨーロッパといえば私達日本人は、すぐにドイツ鯉を思い浮かべます。この名前からドイツが品種改良の発祥の地だとばかり思っていたのですが、実はオーストリアで1782年に品種改良
が始まり、20世紀はじめにドイツで改良されたのが現在の品種の原型になっているそうです。その後、明治時代にドイツから日本に移入されました。このことからドイツ鯉と呼ばれたようです。
次に東南アジアですが、もともとヒマラヤ以南の諸国には鯉は生息していなかったそうです。その中でもインドネシアには早く移植され、200年から300年ほど前に中国からの集団移住者達が持ち込んだと言われています。またフィリピンの鯉の歴史は浅く、1912年台湾から移植されました。
東アジアのチベット高原に住む鯉は鱗のないほっそりとした鯉で、学名がギムノキプリヌス(ハダカゴイの意味)だそうです。ドイツ鯉と同様に鱗がない点は一致していますが、ほっそりとし体型は真鯉に似ています。人工的に品種改良されたヨーロッパの革鯉がこの地方に伝わって現代に至っているのか、はたまた原種の鯉がこの地域で独自に進化して現在の姿になっているのかは定かではありません。
さらに北米への移入については、1877年に成功したという文献があります。ヨーロッパでの鯉の広がりの歴史から見ますと、北米への移入は随分と時間が経過してからであることがわかります。
|