2005年7月16日〜17日 老人と湖 mi○


梅雨もそろそろ終りに近づき、灼熱の太陽がもうすぐそこに来ている。おそらく今週が前半戦最後の水郷釣行になる。北浦は、所によって既にアオコが発生しているとのことで期待が薄い。例年よりやや水質がよい霞ヶ浦に単独で入釣した。

誰もいない水門に到着したのが金曜の夜11時前。誰に気兼ねすることなく、車のヘッドライトで照らしながら竿をセッティングする。水門のすぐ脇で鯉が跳ねている。今日は手前に打ち込むことにしよう。途中から雨がポツポツと落ち始めてきたので急いでエサを投入し、車に逃げ込んだ。時計はすでに0時を回っていた。

車の窓に防虫ネットを張ってきたが、今夜は窓を全開にするほどの暑さでもない。すこし隙間をあける程度にして眠りにはいる。夜中に何度か目が覚めたが、センサは鳴ることなく朝を迎えた。いつもなら5時から6時くらいにはエサを打ち替えるところだが、このところの疲労が重なってまだ眠い。もうちょっと寝よう・・・
 

霞ヶ浦の鯉は北浦に比べてスリムで尾鰭が大きめ

6時45分、1番竿にヒット! 3週間ぶりに聞くAbuの軽快なクリック音。いいぞ、いいぞ!眠気を吹き飛ばしてくれた鯉は、霞ヶ浦体型のスリムな76cmだった。産卵を終えた ばかりなのだろうか、腹部がしぼんで見える。写真を撮ってすぐにリリースする。

地元の年配の方がそばのポンプ小屋に来て運転をはじめる。この方はかつて霞ヶ浦で漁師をしていたが、最近は漁に出ることもなくなったそうだ。作業が終ったころ、いつものように朝の挨拶をする。


霞ヶ浦のことは地元の漁師さんに聞くのが一番である。この方は、70歳を少し過ぎたくらいだろうか。自分が若かった頃の霞ヶ浦は、2〜3メートルの湖底まで透き通って見えるほど水が澄んでいて、魚を簡単に突いて獲ることができたそうである。その頃は弁当を持って舟に乗り込み、一日中漁をしていた。弁当を食べる時は、湖の水をそのまま汲んでご飯にかけて食べたりした。この辺は地下水の水質が悪いため、むしろ霞ヶ浦の水の方が綺麗だったという。湖の護岸工事によって水生植物が姿を消し、そして下流の堰の建設によってますます水質が悪化した。
「今頃になって植物が大事だと気がついて増やし始めているが、きっと元にもどるのに少なくとも30〜40年はかかるだろうなぁ・・・」

この湖には巨大な鯉がいる。あるとき網を引き上げていると、ずっしりとした重みを感じた。とっさに「土左衛門だ!」と思ったそうである。「いやだな・・・」と思いながらも放っておくわけにもいかないので、仕方なく引き上げるととてつもない大きな鯉が上がってきた。「うろこの大きさはこれくらいあった」と、手で作った輪の大きさは5cmは楽にある。あまりの大きさに「この湖の主に違いない」と思い、その場ですぐに放してやったそうである。今では網を張っても、入ってくる魚はブラックバスとアメリカナマズばかり。この地区の漁師は同世代の数人しか残っていない。ウナギを獲っても売るほどはない。漁で生計は成り立たないという。
「しかしまぁ、宇都宮からわざわざ鯉を釣りに来てるんかい。でもきっと楽しんだろうな。ま、頑張ってな!」
このポイントに来ると、必ずポンプ小屋の作業が終ってから少し話し込んでいく。気さくな方なので、私もつい聞き入ってしまう。

この日は結局アタリがなく、いつものように本を読んだり昼寝をしたり気ままに過ごす。夕方は早めに食事の支度にとりかかり、日が沈むころには外で夕食を済ませた。食後のコーヒーを飲み終わった7時頃、3番竿に61cm、さらに夜9時半、今度は2番竿に60cmがヒットした。 これで1番から3番竿まで1本ずつアタリが揃ったことになる。今夜は活性が高いと期待したが、その後はパッタリとアタリが途絶え、朝を迎えた。今日もポンプ小屋の作業を終えた漁師さんと挨拶する。気温がどんどん上昇してくる。午前10時までのゴールデンタイムを待ったが、アタリがないためキッパリと諦めて竿を撤収。

霞ヶ浦と利根川にそれぞれ入釣した秋田さん、煮込みマッチョさんに携帯で連絡してみる。秋田さんは1本ゲット。マッチョさんはアオウオをゲットとそれぞれ楽しんでいるようだ。9月には皆とオフ会で会えることを祈りつつ、宇都宮に向かって車を走らせた。

(終)


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